火事の季節なのに町番人が怠け者で、火の用心が悪い。申し合わせで町内の有志が集まって夜回りがはじまったが、全員連れだって回るのも無駄だと、二組交代になり一の組が番小屋を出発する。
火の用心をうながす鳴り物を各自持っていながら、さっぱり音がしないのも道理、伊勢屋さんは鳴子を帯からぶら下げて懐手、黒川先生は拍子木を袂に入れたままでたたき、辰つァんは金棒の紐を手首にかけて引きずっている有様。
声を出させれば、宗助さんは売り声、黒川先生は謡の調子になってしまうし、七兵衛さんは口三味線入り、辰つァんだけは吉原の「火の用心さっしゃりやしょう」の経験者だけに本寸法だが、語尾を北風にふるわせて芸の細かさを誇る騒ぎである。
番小屋へ戻り、二の組が回りに行ったあと、黒川が酒の入ったふくべを懐中から取り出せば、もってのほかだ、役人に見つかったらどうなると叱った月番が、ふくべから出る酒はいけないが、土瓶から出る煎じ薬ならいいと、土瓶で燗をする。
それならとつづいて酒が加わり、肴にと猪の肉も出るばかりか、残念ながら鍋がないという嘆きに応じては、鍋さえ背中から出る行き届きかた。
戸締まりもそこそこに、猪肉と燗酒で体は温まると心もちよく都々逸さえ出はじめたが、そこへ「番、番」と呼んで、巡回役人の登場に、一同びっくり、うろうろするが、隠しきれるものではない。
見とがめられた土瓶を煎じ薬だと答えると、風邪気味だから一杯と所望されやむなく献上する。飲んだ役人、叱りつけるかと思いきやいい薬だと重ねて所望、煎じ薬の口直しとごまかす猪肉もほめて食い、上機嫌でさらに湯飲みを突き出す。切れましたと断れば、「一回りしてくるあいだ、二番を煎じておけ」──。
元禄年間の小咄を原話とし、上方落語の切りネタ(最終席《とり》に演じる大もの噺)になっていたのを、五代目三遊亭圓生(昭和十五年没)が東京へ移植したものといわれるが、それより前に東京版が上演されたとも考えられる。
近年では、三代目三遊亭小圓朝(昭和四十八年没)・八代目三笑亭可楽(昭和三十九年没)・六代目春風亭柳橋(昭和五十四年没)・十代目金原亭馬生(昭和五十七年没)・五代目蝶花楼馬楽(昭和六十二年没)らが得意としていた。
志ん朝は馬生から教わったそうだが、立派に自分のものにしていて、一の組が出かけるところから上出来である。
火の用心の呼び声で、七兵衛さんが音曲になるところでは、五代目圓生・八代目可楽・五代目馬楽らの浪花節、三代目小圓朝の新内ともちがって清元だが、このところ調子をやって(損じて)いるの、だれが聞いているか分からないのともったいをつけてから、「火の用心、火の回り、互いに火の元、気をつけましょう」となる。この「ましょう」の艶っぽさが大いに笑わせ、ひごろの熱心な稽古事がものをいっている。
いい年をした男たちが集団行動の珍しさから、つい遊山気分ではしゃぎ出す、大江戸の寒夜の光景にしみじみとした懐かしさがただよう。
番小屋へ戻り、二の組を送り出して禁制の酒盛りがはじまる。五代目圓生・八代目可楽のように、ふくべの酒はいけないけれど土瓶の茶ならかまわないというのではなく、三代目小圓朝・十代目馬生のように、ちゃんと土瓶の煎じ薬といっているし、猪の肉にも、可楽のように味噌と刻み葱が添えてあって、抜かりがない。
体が温まり、酔いが回って行く過程も丁寧で、立ち昇る湯気、広がる匂い、いい色になって照りが出てくる顔、高く大きくなる笑い声などが、まざまざと感じられる。
一応はたしなめられながら、小声ならという条件つきではじまった都々逸で、志ん朝が用いている「騒ぐ烏に石投げかけりゃ、それでお寺の鐘が鳴る」は、志ん生が『二階ぞめき』でうたっていた文句で、「石」を新内の“くどき”のようなカンにし、哀愁のあるさびたのどで喜ばせたものだが、志ん朝も親譲りのいい節回しを聞かせる。
これをほめる「ようようようよう!」が、十分うれしがりながら、人の耳をはばかって音量を押さえているのもいい。
そこへ外から「番」と役人の声がする。この役人には二通り考えられるが、それも番小屋の種類による。
町々の境界線には町木戸があり、これを挟んで、あるいは片側に並んで、自身番屋と木戸番屋がある。自身番屋は町会と交番をかねた施設で、はじめ地主が自身で出張したところから命名された小屋だが、のちには家主らが詰めた。
月番の家主のほかには、地借《じが》り表店《おもてだな》(表通りに借地した店舗)から奉仕活動で当番に出る店番《たなばん》と、雇い人の番人(定番《じょうばん》とも──『大工調べ』の段参照)がいる。
木戸番屋は、明け六ツ(ほぼ午前六時)に開けて夜四ツ(ほぼ午後十時)に閉める町木戸屋を守る小屋で、町番《ちょうばん》人が詰めている。町番人は一刻(ほぼ二時間)ごとに拍子木を打ちながら「八ツでござい」と時刻を知らせて回る。
むろん、火事の多い季節には、火の用心も呼びかけるが、この落語ではその町番人が怠けて不用心なために、町の有志が臨時に防火班を組織した設定になっている。
一方、町奉行所から江戸市中を巡邏する回り方同心には、秘密探偵の隠密回りと恒常勤務の定《じょう》町回り(定回りとも)と臨時回りの三種があった。日常受け持ち地域を回って、自身番屋に立ち寄るのは、この中の定回りである。
町奉行所には回り方のほかに、強風や社会不安の警戒に当たる風烈回りや昼夜回りの役職もあった。
また、町奉行所ではなく御手先組から派遣される、火付盗賊改《ひつけとうぞくあらため》という役人も、市中を巡回し、捜査・逮捕・尋問に当たっている。
町井の有志が集合した番小屋が、自身番屋であるなら、立ち寄る役人は定回り、冬季用に隣接した火の番小屋であるなら、立ち寄る役人は風烈回りや昼夜回り、または池波正太郎原作『鬼平犯科長』で有名になった火付盗賊改(加役ともいう)ということになる。
いずれにしても、叱りとばしてばかりいた戦前のオイコラ巡査ではなく、目をつぶり肩をすくめるアチラ映画の保安官のような、わかりのいい役人であることが、寒夜に鍋から立ち昇る湯気のような快い和《なご》みを、この噺に与えている。
Last modified: Sun Apr 21 23:02:18 2002