日本橋馬喰町に並ぶ宿屋の一つに、はやらない店があり、貴重な泊まり客に喜んだ亭主は、ねんごろに挨拶をするが、客はかまわないでくれといい、こんな身の上を打ち明ける。
なにしろ、在家《くに》の家には、身の回りの世話をする者だけでも五、六十人いて、便所へ行こうと思っただけでも、紙をもみ出すやつがあったり、とても心が安まらない。
番頭に相談すると、旅をしてはどうだ、それも、荷物も持たず、粗末ななりをして、宿屋に泊まっても、茶代などおかなかったりすれば、望みがかなうというので、そのとおりに旅を続けてきたところ、どこでも粗末な扱いを受けて、せいせいしている。
先祖代々のためた金が金蔵に余って困っているために、大名や大商家に何万両と貸し出すと、大きな利息がついて戻ってくるからまた増えるで、三百人の番頭が数え始めたのだが、一年たってもまだ数え切れない。
漬け物の重石が安定が悪いというので、千両箱を十ばかり使わせたら、出入りの職人などが持っていってくれて、少しは助かった。
あるとき泥棒が入り、刀を振り回して危ないので、金蔵をあけて好きなだけ持って行けといったまま寝てしまったが、だらしがないもので、十五、六人かかって八十しか持っていかない。うんぬん。うんぬん。
食われに食われた亭主は、商売不振で勝手元不如意につき、内職に富札を売っているのだが、売れ残りの一枚を買ってくれないかと頼む。
一分で千両当ると聞いても、もらっても邪魔だからと断るのを、めったに当らないと強調して買ってもらうと、客はもし当ったら半分やると約束し、一杯飲んで寝るからと、夕食をいいつける。
亭主が降りていくと、客はがっかりし、いつも馬鹿にされるので、ちょっとおどかしてやろうと思ったら、いやに素直に信用しやがってとこぼすが、飲むだけ飲み食うだけ食ってずらかろうと、度胸を据える。
明くる朝、亭主が出かけたあとで客が降りてきて、女房に気に入ったから長逗留する、この先の大名家に、貸してある三万両を返さないでもらうように頼みに行く、といって出かける。
湯島天神は、富突きの当日で大にぎわい、期待にわくわくする群衆の中には、五百両当ったら、こまかく崩して胴巻きに入れ、吉原へひやかしに行く発端から、めでたくなじみ女郎を身請けして、新所帯をいとなむ甘い明け暮れまで、延々と夢を語るやつもいる。
富突きがすんで、人が散ったあとへやってきた主人公は、一番富の千両が当っているのに驚き、金ももらわずに宿屋へ飛んで帰り、寒気がするからと二階に床をとらせて寝込む。
遅れて当り番号を確かめに来た亭主も、客が当ったのを知り、震える足で帰ると、客の見舞いに二階へ上がる。下駄を履いたままであることを客に叱られたが、ふとんをはいでみたら、客も草履を履いたまま──。
上方落語の『高津の富《こうづのとみ》』桂文吾から教わった三代目柳家小さん(昭和五年没)が東京に移植したものだといわれる。三代目小さんは、ほかにも『らくだ』『粗忽の釘』『碁どろ』『不動坊』『禁酒番屋』『猫の災難』『うどん屋』『三人無筆』『提燈屋』『二人旅』『親子酒』など、大量の上方落語を移植し、江戸以来の古典と聞こえるまでに洗練して定着させ、東京落語の演目をすこぶる豊富にした大功労者であり、筋・演出をかなり変えたものが多いが、これはすんなり移したものの方で、「当らなんだら、うどん食《く》て寝ます」のギャグ直訳にも、上方の風土性がありありと残っている。江戸根生《ねお》いのはなしなら、うどんではなくてそばになるところだろう。
地理の改訂では、宿屋の所在地の大川町《おおかわちょう》が馬喰町、富の開催地の高津の宮が杉の森稲荷または湯島天神、なじみ女のいる遊里の新町が吉原となっている。
馬喰町は、興津要著『江戸小咄漫歩』によると、滑稽本『旧勧帖』に、「筆も及ばぬ繁栄なる八百八町のその中に(略)、旅籠屋の軒甍《いらか》を並べ、六十余州の風俗をいながら見るや一興は」とあり、「いびきには国なまりなし馬喰町」などの川柳も上げられているとおりの安宿街だった。
現五代目柳家小さんの『宿屋の富』は、四代目に習ったものではなく、三代目の演目をよく持っていた七代目三笑亭可楽(昭和十九年没)から教わっている。
その小さんが、「今の志ん生さんが演っている『宿屋の富』は(略)、大坂の『宿屋の富』そのままに近い演り方です」といっている(青蛙房版『柳家小さん集』下巻)が、志ん生は誰からとったのだろうか。志ん朝演出は、この志ん生流の継承である。
杉の盛稲荷にした小さん流では、馬喰町にほど近い(新木場町──現中央区日本橋掘留町一丁目)ためもあって、富突きの日が当日になっているのに対して、湯島天神にした志ん生流では翌日になっている。
また、小さん流では、田舎訛りのつよい男になっている主人公が、志ん生流では、そうでもなく、小さんの男は、出かけるときに、「気の毒になあ。おらァずらかんのも知んねぇでなあ。勘弁して下せえよ」と独白するが、志ん生の男は、前の晩に、「あれだけ大きなことをいっといたんだから、当分宿賃の催促にはこねえだろう。飲むだけ飲んで食うだけ食ってずらかっちゃおう」とうそぶく。演者の気質が反映しているようでおもしろい。
それに、小さん流では、宿屋を出た主人公がすぐ神社に着いて、当りくじの書き出しを見る段取りだが、志ん生流では、原典通り富突き前の群衆の描写があり、なじみの女のことをのろけるくだりが、聞かせどころになっている。
こうしたくだりになると、明るく艶っぽい志ん朝の芸風の長所がよく発揮されて、大いに楽しめる。とくに、胴巻きをほうり出したら、「はずみでもって女が一尺ばかりどおんと飛び上がった」というギャグは、いかにも志ん生がいいそうなものでありながら、志ん朝独創ですばらしく、これこそ出藍のほまれというものだろう。
「辰の……」「二千!」「二千……」「三百!」「三百……」と、祈りと呼び上げが掛け合い調になるなどは、現実には時間的に決してあり得ないことなのに、話芸ならではのリアリティであり、「一心てえなあすごいもんだね。引っぱり出してきたよ、奴さん」で笑わされる。
子の千三百六十五番と当っている札を、張り出しと見比べながら、「当らないもんだね……」とつぶやくのも、くじの当らない嘆きを味わったものなら痛切にひびく、すぐれた心理描写で、この一カ所だけでもこの落語は傑作といえる。
本当に当ったのだとわかった志ん生の泣きべそのような驚愕も、実によかったが、志ん朝の震えのくる切迫感も、きわめて充実している。
Last modified: Sun Apr 21 22:35:28 2002