『源平盛衰記』は、同名の古書を落語化したもので、略して『源平』と呼ばれています。源義経の生い立ちから、常磐御前《ときわごぜん》、熊坂長範《くまさかちょうはん》、木曽義仲《きそよしなか》、鵯越《ひよどりごえ》に屋島、壇ノ浦《だんのうら》と、源氏が平家を滅ぼすまでを、義経に合わせて物語って行きます。全部やると大変長いので、部分的にやっています。だから同じ『源平』でも、演者によってやる部分が違うわけです。文治は木曽義仲のところをやっています。
登場人物の描写よりも、演者そのものが前に出て、地の部分を主体にストーリーを進めていく話です。こういう落語を、地噺といっています。地噺は、個性の強い落語家が得意にしており、昭和の初めには七代目林家正蔵が売り物にしていました。戦後はその息子の林家三平が、それを受け継いでやりました。七代目は、当時としては新鮮なギャグをたくさん入れて、数種類のSPレコードを残しています。
江戸っ子の得意な文治は、一方でこういう地噺もよく手がけており、『源平』のほか、『お血脈《けちみゃく》』などもレパートリーに入っています。
短い噺なので、寄席などで時間のない時によく演じられています。すごい啖呵《たんか》を切る男が出てくるので、東京に古くからあった噺のように思えますが、本来は上方の噺なのです。上方では、二代目の桂春団治《かつらはるだんじ》が得意にしていて、それが弟子の露の五朗《つゆのごろう》に伝わっています。
東京へ持って来たのは、三代目の柳家小さんです。三代目は実に多くの噺を東京へ移していますが、ただ持ってくるだけではなく、うまく東京の落語に変えています。この噺のように、物を売るものは、上方種が多いのですが、みごとに江戸化、東京化されていて、上方の臭いがしません。
大正十二年の関東大震災の直後には、この噺が盛んに演じられていたと見えます。文治のにも「震災で助かって豆屋で殺されちゃ合わない」というクスグリが残っています。
たわいないと言えばたわいない噺ですが、演じ方によっては、とても落語らしいものになります。こういうところにも、落語の魅力があるのです。
最近は、この豆屋のように、外で売って歩く商売がなくなりました。その模様を、落語によって後世に伝えてほしいものです。
この噺は、中国の『二十四孝』を題材にしています。『二十四孝』とは、今から七百年ほど前の元の時代に、郭巨業という人が、古くから中国に伝わる二十四の孝子の話をまとめた本で、日本には室町時代にすでに到来していました。
二十四の話のうち、落語に登場するのは五つの話です。『王祥《おうしょう》と鯉』『孟宗と筍』『郭巨の釜掘り』『呉猛《ごもう》と蚊』『王褒《おうぼう》と雷』の五つで、文治はこのうち『王褒と雷』以外の四つをやっています。参考までに『王褒と雷』を記しておきましょう。
王褒という人の亡くなった母が、雷が嫌いだったので、初七日の時に雷が鳴ると、自分が裸になって母の墓石に着物を着せ、雷から守ってやりました。この話を聞いた不幸者が、珍しく父の墓参に行ったら、墓石が動きました。家へ帰って「親父が喜んだのか、墓石が動いた」と言うと、母が「心配していたよ。さっきの地震にどこで遭った」。
五つの話の運び方は、人によってまちまちです。五つともやったのが、六代目三遊亭圓生。逆に『王褒と雷』だけですませたのが、三遊亭金馬、八代目林家正蔵は、『王祥と鯉』『孟宗と筍』の二つだけの音を、五代目(俗に三代目)春風亭柳好は、これに『呉猛と蚊』を加えた三つの音を、それぞれ残しています。一つが金馬、二つが正蔵、三つが柳好、四つが文治、五つが圓生と、数も見事にばらついています。
サゲは、文治のように『呉猛と蚊』でサゲるのが一般的です。
以前は『掛取漫才』という題が多く使われていました。最後に万歳の好きな男が掛け取りに来るから、この題がついたのですが、最近は万歳の場面をカットすることが多いので、『掛取り』が一般的になりました。文治も万歳のところはやっていません。
上方の『大晦日浮かれの掛取り』という、江戸時代に初代林家蘭丸《はやしやらんまる》が作った話を、東京へ持って来たと言われていますが、これには疑問があります。江戸でも文政年間に、初代林屋(当時は家ではなく屋と書いた)正蔵が高座にかけていたらしく、正蔵が天保二(1831)年に出した『笑富林』に、相撲好きと万歳好きの掛け取りを撃退する小咄が載っています。江戸時代から、東西両方にあったのではないでしょうか。
掛け取りに来る人の好物は、演者によっていろいろです。これは極端なことを言えば、何でもいいわけです。『掛取漫才』の題でやっていた六代目三遊亭圓生は、狂歌、喧嘩、義太夫、芝居、万歳の順で登場させていました。上方の桂米朝は、相撲好きを出して、現役力士の四股名《しこな》を織り込んだ催促や言い訳を入れています。文治は、狂歌、芝居、喧嘩の順で、サゲはつけていません。これは時間の都合で切ったのでしょう。
Last modified: Fri May 3 00:19:43 2002