系図でみる二代目桂小南の周辺

特異な境遇で育った小南の芸

橘左近

 上方生まれが江戸落語に惹かれた事で小南の前途は当初から多難を余儀なくされた。
 斯界きっての頑固者で通った師匠金馬の門に入ったのが結果として小南落語を完成させる要因ではあったが・・・・・。
 二ツ目金太郎時代の火の出るような苦闘の連続、京阪神の古老を執拗に追い求めて師事し、棄てがたい上方落語の基礎をたたきこみ、東宝名人会に所属することで昭和の大看板の高座のかずかずを凝視して江戸の呼吸を学びとった。
 通常の噺家とは異なった境遇のもとで東西のエキスを吸収できた事は底知れない財産となり、上方の名跡南光由来の小南を文楽から授かる幸運に恵まれた襲名を期に小南落語は一挙に開化した。
 東西の中間を擬して自ら“名古屋落語”と自嘲したが二代目小南のコピーは今後誰ひとり踏襲できない特異な存在として史上に残る事は確実である。

『系図』 [#(803*558 pixel, 42KB(36,413byte))]:構成・橘左近

『桂小南落語全集』

Last modified: Thu Apr 25 19:20:11 2002