『特選!! 米朝落語全集』 第十集

1 算段の平兵衛 2 近江八景
TOCZ-5074
解説桂米朝
下座上方はやしの会
協力毎日放送
株式会社 米朝事務所

●算段の平兵衛《さんだんのへいべえ》

 この落語は昭和二十年にはもう誰もやり手がなく、すっかり滅んでいたものです。
 師匠米団治からこんな話であると、粗筋《あらすじ》を聞いただけですが、面白い話やなぁと耳に残っていました。それを頼りに古い人達から断片的に拾いぎきしたのを集めて、私なりにいろいろ考え、つづくり合わせてやっとまとめたものです。初演は昭和三十七、八年でした。
 宇井無愁氏の考察によれば、ヨーロッパの古い民話に類話がいくつもあるそうですが、ポイントはすべて、自分の殺した死骸を利用して、何度も他人に自分が殺したと思わせるところにあります。「五度殺された死体」という民話なんか、五回もこれがくり返されるわけで、落語として口演される場合は、「七度狐」と同様に、あまり回数の多いものもよしあしで、こんなもので良いと思っています。
 とにかく、悪が栄えるというような内容ですから、後味が悪くなりがちで、この種のものは芝居でもそうですが、主人公がどんなひどい奴でも、どこか憎めないとか、好感の持てるところがあるとか、あの場合、ひょっとしたら俺だって……と共感するところがあるとか、悪い奴ではあってもいやな奴ではないとか……、そういう印象を与えるのではないと一篇の落語は成り立ちません。
 死骸を踊らせるところは、演出如何《いかん》では面白いところです。このときに入る三味線は、大阪堀江の盆踊りの三味線で、今は廃れましたが、太棹《ふとざお》と細棹《ほそざお》の三味線の合奏で、なかなか良いものです。
 (唄い)カンテキ割った、すり鉢割った。エノ叱られた、おかしてたまらん、エエ西瓜《すいか》、エエ真桑《まっか》、エノ焼きなすび、食べとてたまらん、……などという不思議な文句の唄ですが、残念ながらもう、ほとんど滅びかけています。


●近江八景《おうみはっけい》

 近江八景とは、瀬田夕照《せたのせきしょう》、唐崎夜雨《からさきのやう》、粟津晴嵐《あわづのせいらん》、堅田落雁《かただのらくがん》、比良暮雪《ひらのぼせつ》、石山秋月《いしやまのしゅうげつ》、矢橋帰帆《やばせのきはん》、三井晩鐘《みいのばんしょう》、この八つがそれでして、昔から、いろんな音曲類や講釈、浪曲などにもよみ込まれています。落語でもこのはなし以外に、「かけとり」「兵庫船」「近江屋丁稚」などに出てきます。
 この落語はおしまいの、女郎の文とそれに対する易者の判断とが、共に近江八景の趣向になっている、元来はただそれだけの言わば小咄のようなもので、それに前半の件を付け加えたものでしょう。
 易者が手紙を読みはじめてから、自分の判断を喋り、そしてサゲまで、ここはトントンと調子よく一気に流してしまうことが肝要ですが、さりとて八景の名称や、縁語かけ言葉のあやも、よく聞きとれぬほど早く流してしまっては、せっかくのご趣向も無駄になりますから、そこに「ああなるほど、堅田の落雁か、ああ粟津も出てきたな」とわかって頂くだけの間《ま》と、緩急の工夫が要るわけです。
 むかしの、中クラスの廓遊びの雰囲気や、客や女の気持ちが何となく伝われば……と思いながらやっているのですが、私どももこの時代は体験としては知りませんので、状況描写やエピソードは教わった通りにやっています。沢火革《たっかかく》、水火既済《すいかきせい》などの卦《け》の解釈が正しいかどうか、これは我々の及ぶところではないので、これも教わったままに喋らせてもらっています。


『特選!! 米朝落語全集』

Last modified: Tue Jul 2 14:27:23 2002