| 『元犬』 | 13:48 | 昭和34年6月録音 ニッポン放送音源 |
| 『子ほめ』 | 13:13 | 昭和33〜34年頃録音 ニッポン放送音源 |
| 『山号寺号』 | 13:49 | 昭和33〜34年頃録音 ニッポン放送音源 |
| 『たらちね』 | 13:37 | 昭和34年1月1日録音 ニッポン放送音源 |
いかにも寄席芸人らしい、明るくてていねいな噺で活躍した柳枝は、本名島田勝巳。明治三十八年十二月十五日に東京で生まれた。父は音曲師の柳家枝太郎。「両国八景」を得意とし、「両国の枝太郎」と言われた人である。
芸人の家に生まれた柳枝は、小学校のころから学校で一席うかがったりしていた。高等小学校を出ると、父親を説得して落語家になったのも、自然の成り行きだったのであろう。父親のところに置いておくよりもと、四代目柳枝の門下になって、枝女太《しめた》と名乗った。大正九年、十四歳の時である。
大正十年五月、枝女太のまま二つ目に昇進、十二年一月、睦ノ太郎と改名し、十四年四月、春風亭伯枝を襲名して真打ちに昇進した。
昭和九年十一月、柳亭芝楽と改名、戦争が激しくなった十八年三月に、八代目柳枝となった。本当は七代目なのだが、五代目の柳枝が、当時「五代目」と呼ばれていた柳亭左楽との混同を避けるために、一代飛ばして六代目と称したので、以後一代ずつ多くなった。
戦後は、落語協会の中堅真打ちとして活躍し、寄席では一席しゃべった後必ず踊るサービス精神と、ていねいな口調で好感を持たれた。またラジオにも多く出演して、人気上昇中の昭和三十四年九月二十三日、ニッポン放送で「お血脈」を録音中に脳溢血で倒れ、十月八日に五十三歳の若さで亡くなった。
真面目で物腰が軟らかく、「お結構の勝ちゃん」と仇名されていた。後輩の指導にも熱心で、自宅で噺や鳴り物の稽古をつけ、この中から立川談志、三遊亭圓楽、橘家圓蔵らが出ている。
元犬《もといぬ》
犬が人間になるという、およそ現実ばなれした設定の噺。人間になったけれど、まだ犬の習性が残っていて、そのずれが笑いを呼ぶ。笑いのすべてがこれだと言ってもよいくらいだ。ナンセンスではあるが、これが落語の特権である。愚にもつかないと決めつけず、楽しく聞いて頂きたい。
愚にもつかないとは、現代の感覚で、江戸時代にはナンセンスではなかった。白犬は人間になり得ると信じている人がたくさんいたのである。安永から寛政にかけて(約二百年前)に出た、津村淙庵の『譚海』には、武州越ヶ谷(現埼玉県越谷市)の金剛寺に飼われていた二匹の白犬が、江戸本所の弥勒寺へ、いつも手紙を持って使いに行ったという話が載っており、寛保三(一七四三)年に出た菊岡沾凉の『諸国里人談』には、泉州堺の浄土宗の寺にいた白犬が、人間に生まれ変わった話が出ている。また、心学者が道を説く時にも、白犬が人間に生まれ変わる話をよく使った。
この話も、元は心学から出たといわれている。落語のルーツは意外なところにある。
子ほめ《こほめ》
古くからある噺である。落語の祖と言われる安楽庵策伝が、寛永五(一六二八)年に出した『醒睡笑』に載っているから、四百年近くも前から存在したと思われる。
古いばかりではなく、現在寄席で一番多く演じられるのが、この噺だ。前座が出て来ると、半分近くはこの噺をやる。
前座のばかり聞かされていると、たまに真打ちのやるこの噺が、とてもよく聞こえる。特にこの柳枝のはすばらしい。さっと本題に入って行き、軽快で活気があって、無駄がない。柳枝の長所が、十分に生かされている。
よくできた噺だが、サゲに問題が残る。数え年を使っていた昔はよかったが、満年齢の現在は、生まれたての赤ん坊を一つと言うのに違和感を覚える。そうかと言って、「生まれたばかりだから零歳だ」とやると、サゲが生きなくなる。「ただ」というサゲは、言葉の響きもよいし、無料という意味も匂わせてある。やはり数え年を使うのが、噺の構成上は一番優れているようだ。
山号寺号《さんごうじごう》
三十年ほど前までは、落語のサゲ(落ち)の分類がよく使われていた。演目解説の中でも「サゲはトタン落ち」などと書かれていたものである。地口落ち、ぶっつけ落ち、トタン落ち、まぬけ落ち、考え落ち、仕込み落ち、逆さ落ち、まわり落ち、トントン落ちなど、十あまりの種類に分けたものだが、その後使われなくなってしまった。分類の基準に一貫性がないのが原因である。単なる形式と、笑いを呼ぶ要素が混同されていた。
柳枝が健在のころは、この分類が盛んに使われていたので、マクラで解説している。この噺は、柳枝の言っているように、トントン落ちに入る。トントン落ちという分類は、必ずしも適切とは言えないが、実にうまい表現で、軽快なサゲの感じがよく出ている。
柳枝は「南無三仕損じ」でサゲているが、この後もう一押しするのもある。横にいた権助が「旦那さんいい案じ」というのだが、トントンと運ぶリズムから言うと、これは蛇足の感じがする。
柳枝の後、この噺のやり手がほとんどいない。それだけに貴重な録音である。
たらちね
「子ほめ」と同じく、前座噺の代表にされている。新婦が、自分の名前を長々と言うところが、口慣らしになるからである。「寿限無」や「金明竹」など、前座噺には長い言いたての入っているものが多い。
上方では「延陽伯」という。「縁よう掃く」のシャレなのだそうだ。
最初の、家主と八五郎との会話の中で「今朝《こんちょう》は怒風《どふう》激しゅうして小砂眼入《しょうしゃがんにゅう》す」と言っている。この中の「怒風」を、今の落語かはほとんどが土風《どふう》、土ぼこりの風と説明しているが、柳枝の言うように、怒る風が正しい。
「センギョクセンダンニイッテコレヲマナバザレバキンタラントホッス」という言葉が出て来るが、この意味は明治の昔から分からない。演者がでたらめに作った言葉なのかも知れない。
サゲの「酔ってくだんの如し」は、「酔ってグデンの如し」「酔ってくだをまく如し」とやるのもある。
Last modified: Mon Jun 3 06:10:57 2002